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コラム

アルミニウムの歴史

  • 2018.07.31
  • カテゴリ:

|日本人で初めてアルミニウムを手にした人物

出典:bakumatsu.org

1867(慶応2)年開催のパリ万国博覧会に、時の将軍慶喜の名代として派遣を命じられた徳川昭武(慶喜の弟)が初めてアルミニウムを手にした日本人と言われています。

 

前回『アルミニウムとは』で述べた「粘土から作られた銀」とは、このパリ万博でフランスが国威を挙げて精錬したアルミニウムを展示した際の触れ込みが「粘土から作られた銀」だったのです。

 

ここで言う粘土とは「含水珪酸アルミ粘土」=明礬(ミョウバン)の事で、13世紀頃の錬金術師は粘土から銀を作る事を狙っていたのです。1825年デンマークのエールステッドが世界で初めて金属アルミニウムを発見しましたが、この時も使用した材料はアルミナと炭・塩素ガス・水銀等でした。

 

当時のフランス皇帝ナポレオン三世はサントクール・ドビーユに命じてアルミニウム工場を作り、アルミニウムの延べ棒を万博に展示させました。

軽く、銀のような光沢をもつアルミニウムは万博において大絶賛を浴びましたが、当時は非常に高価で貴重な金属で貴族階級のみが用いる事が出来ました。

 

日本でも実際にアルミニウムの事を「軽銀」と呼んでいた時期があり、1918(大正7)年の新聞「高岡新報」に「富山県下に於ける軽銀興業について(高峰譲吉:タカジアスターゼの発見者、富山県高岡市出身)」という論文が掲載されています。

また、現在多く用いられる「軽金属」という言葉は、昭和の初め頃から使われだしたと言われています。

 

先述したように明礬という形で、軽くて硬い日干し煉瓦や壺等の材料として人間が使用し始めたのは紀元前5000年頃だと言われています。

 

明礬は紀元前2000年頃には、植物染料の色を鮮やかにする材料や皮革のなめし材、目薬等々に使われ始めました。

ただし、この時点ではこれが金属の酸化物であることは全く知られていませんでした。

この事から「金属以外の形で人類に貢献した最初の鉱物」と述べる人もいます。

 

金属アルミニウムが初めて作られたのは1807年の事ですから、発見されてまだ210年しか経っていません。

 

工業的な精錬法が確立したのは1887年ですから、実用化してから130年という歴史の浅い金属と言えます。

 

 

|実績としての用途
建築用:アルミサッシ、カーテンウォール等

食器関係:アルミ缶、食器等

船舶:LNG船のタンク、高速旅客船、全アルミニウム製巡視船(海上保安庁)等

自動車:ボンネット、エンジン、ホイール等(日本者では車の重量の7~8%、欧米では14~15%)

航空機:機体、翼、補助翼、スポイラー等(ジュラルミン合金)

ロケット:機体、衛星フェアリング、燃料タンク、宇宙ステーションの主構造等

鉄道:新幹線車両、地下鉄車両等

電子デバイス:電解コンデンサー、ボディー等

人工衛星を格納する先端部分

 

ジュラルミン(Duralumin)は、1903年ドイツ中西部のデュレン(Düren)で、アルフレート・ヴィルムによって偶然に発見された合金で、発見された地名デュレン(Düren)とアルミニウム(aluminium)の合成語です。

 

高い耐破断性と超軽量から航空機用資材として広く用いられました。

 

その後、超々ジュラルミンは1936年(昭和11年)に、日本の住友金属工業が海軍航空廠の要請により開発した日本生まれの合金で、零戦の主翼等に使用されました。

 

加工硬化によって高い引っ張り強度と耐圧力性を持っていることから、国産飛行機のYS-11は総ジュラルミン製の機体でした。

 

 

|最後に・・・

アルミニウムは日常生活の中でもよく目にする素材でありますが、その歴史はまだ浅いです。

 

しかしながら、素材の汎用性から考えると、今後の可能性はとても秘めている素材といえます。

 

では、アルミニウムにはどの様な種類があるのか気になりますね。

どれも一緒の素材でありながら、何が違うのかをご紹介したいと思います。

 

次回の更新もお楽しみにお待ちください。

 

≪前回の記事≫

矢印右アルミニウムとは・・・

 

 

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Hajime Sakayoshi


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